取締役は職安経由で入社した イメージ

取締役は職安経由で入社した イメージ

取締役は職安経由で入社した

(大川祐介) ユニオンテックの社員は、求人サイトやヘッドハンティングなどいろいろなルートで入社していますが、山本さんは特殊ですよね。後にも先にもハローワークを通じて入社したのは山本さんだけ(笑)。タウンワークで応募してきた取締役の川島さんも相当、広告費用が安く済んだけれど、山本さんはそれ以下。だって無料ですから。うちの取締役は本当に安上がりです(笑)。

(山本宗之) 確かに異色かもしれませんね(苦笑)。でも、本当にたまたまだったんですよ。前職の内装会社を辞めて仕事を探しているときに、職安で見つけたのがユニオンテックです。当時はいまのようにリクナビのような便利なツールはないですから、職安で仕事を探すというのはごく一般的なことでした。ただ、検索をかけて仕事を絞っていくと、私の希望する仕事は本当に少なかった。同じ建設業界でも、あるのは家やビルを建てる仕事ばかり。店舗施設やオフィスに特化した会社はごく少数でした。

(大川祐介) そうかもしれないですね。

(山本宗之) ようやく見つけたのがユニオンテック。しかも、調布に住んでいた私にはとても通いやすい場所だったので、その日のうちに応募しました。

(大川祐介) 最初に面接したのは、取締役の川島さんでしたっけ?

(山本宗之) そうです。面接を希望したら、「これから来てくれ」と言われて驚きました(笑)。面接では、お互い業界の身内みたいな感覚で愚痴をこぼしあったのをよく覚えています。面接という雰囲気じゃなくて、もっと温かい印象の対談のようでした。ただ、面接から入社するまで2ヶ月ぐらい時間が空いているんですよ。

(大川祐介) えっ、そうでしたっけ?

(山本宗之) 川島さんは私から電話が入るのを待っていて、私は私で、川島さんからの電話を待っていたんですね。お互い、ぼんやりと相手からの連絡を待っていた。ともに勘違いです。

(大川祐介) 二人とものんびりしてるなあ(笑)。

「安定の山本」「裏付けの山本」 イメージ

「安定の山本」「裏付けの山本」

(山本宗之) 最初の面接から2ヶ月後に今度は社長と面接をしたんですよ。覚えてますか?

(大川祐介) 全然、覚えていない(笑)。

(山本宗之) 細かいところまでは覚えていませんが、川島さんと会ったときも、社長と面接をしたときも、自分の中にビビッと来るものがありました。どちらも、いわゆる杓子定規な面接ではなかった。打ち解け合った印象でした。

(大川祐介) 私の方は、正直に言うと「おっさんだな」と思った(笑)。でも仕方ないですよね。当時、山本さんは47才、私は26才。山本さんはうちの父親の2つ下です。ただ、こういう人がいてくれれば、ユニオンテックの信頼感が増すと思いました。だって、私といい、川島さんといい、濃いキャラの人間ばかりでしょう。それはそれでいいけれど、川島さんや私だけを見ていると「この会社、大丈夫かな」と思われる。ところが、山本さんが登場すると、一転して印象が変わるんですよ。「こういう人がいるなら、ユニオンテックも大丈夫だな」「あ、ちゃんとした会社なんだ」となる(笑)。だから、私は山本さんのことを「安定の山本」「裏付けの山本」と呼んでいます。

(山本宗之) そのフレーズ、たまにですが聞きますね。ただ、その安心感というのは自分ではよくわからない。「そうなのかな」と思うしかないですね(笑)。

予想を超えたユニオンテックの急成長 イメージ

予想を超えたユニオンテックの急成長

(山本宗之) ユニオンテックに入って、まず言われたのが「現場を一人で見てほしい」ということ。現場管理をひたすらやることが私に課せられたミッションでした。でも、あっという間に職場に慣れて、ギャップを感じたことはなかったですね。

(大川祐介) 3年も4年も前からいるような、そんな感じでしたね。

(山本宗之) ええ。周囲が皆温かく迎え入れてくれて、外からやってきた人間が溶け込みやすい環境でした。ユニオンテックに入る前は業界の大手の内装会社にいたんですが、カルチャーショックはゼロ。何より、忙しくて、無我夢中でした。感じる暇もなかったというのが正解かな(笑)。ここまで、あっという間でした。

(大川祐介) 山本さんが入った頃、社員は何人ぐらいでしたっけ?

(山本宗之) 職人さんを入れて10人いるか、いないかの規模でした。当時は、ここまで会社が成長するなんて夢にも思いませんでしたよ。社長の話を聞いて、目指している方向については把握していましたが、まさか、これほど短期間に成長できるとは…。

(大川祐介) 社員も急速に増えましたからね。

(山本宗之) ええ。といっても、ふだんは現場に出ているから、社員がどれぐらい増えているのか、実感する機会はほとんどなかった。たまに忘年会や新年会で全社員が集まる場所に出席すると、「ユニオンテックはこんなに大きくなったのか」と実感しました。本当に社員が多くなりましたよね。

(大川祐介) だって、仕事がどんどん増えてきたから(笑)。

下請けを使うという発想がない会社  イメージ下請けを使うという発想がない会社  イメージ

下請けを使うという発想がない会社

(山本宗之) 入ってからギャップはなかったと言いましたが、実は一つありました。

(大川祐介) 何ですか?

(山本宗之) 協力会社さんに対する姿勢です。なんというのかな。前の会社でも私は現場管理の仕事をしていましたが、下請け会社を使って一つのモノを作っていくという考えでした。これは特に私がそうだったということではなく、会社全体がそういう発想だったんですね。ところがユニオンテックは、協力会社さんと一緒になってモノを作っていこうという考えじゃないですか。

(大川祐介) そう。お客様も社員も協力会社さんも、ユニオンテックの大事なパートナー。「使う」という発想じゃない。

(山本宗之) そこが根本的に違うんです。前は協力会社さんに対して、私たちは「使う」という感覚しかなかった。例えば、現場でゴミが出ると、ユニオンテックは自分たちで車に積んで持ち帰るでしょう。前の会社では、当たり前のようにゴミは下請けさんが持っていくもの、と考えていました。

(大川祐介) 業界では、けっこうそうした考えの会社が大半かもしれないですね。

(山本宗之) 職人さんが社内にいる会社というのも珍しいと思いますよ。ほとんどの会社は、外部の職人さんに仕事を発注する完全な分業体制を敷いています。大手からユニオンテックに入ってきた人の中には、業務の進め方に違和感を感じることもあるようですが、私が難なく馴染めたのは、自分自身のスキルに納得せずに、まだまだ自分を変えたいと思っていたからかもしれませんね。前職では、現場に出るような機会が少なかったので、ユニオンテックに入ったときには自分の力のなさに苦しみました。でも、自分の非力さがわかって自分なりに苦労した分、うまく溶けこめたように思うんですよ。

(大川祐介) いや、山本さんはすごいですよ。山本さん以上に利益を稼いでいるのは私だけ。採用費用ゼロでこれだけ稼いでもらえるとは思わなかった。利益製造マシンというアダ名を進呈します(笑)。