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【NY出張記・前編】ニューヨーク視察で持ち帰った、ユニオンテックの新たな挑戦

ユニオンテックの4日間の視察が、クリエイティブと新事業を少し前に進めた話

10年に1度の記録的な猛吹雪

2026年2月、ユニオンテックの役員・事業部長が、アートシーンの視察で真冬のニューヨークへ。
出発の1週間前には、10年に1度といわれる記録的な猛吹雪。

積雪45センチ、鉄道や空港も停止し、そもそも飛行機は飛ぶのかという不安の中、防寒具を大量に買い込んでなんとか到着しました。

マイナス20度近くに晒され、顔面に激痛。

今回の視察には、大きく二つの目的がありました。
ひとつは、今後のアート研修のヒントを探すこと。もうひとつは、日本での空間提案やアート活用をもっと面白くするために、ニューヨークのアートマーケットや展示空間を自分たちの目で見てくることです。
滞在中は、美術館やギャラリーはもちろん、ホテル、レストラン、公共空間、現地の日本人コミュニティまで、とにかく気になる場所を歩き回りました。

見ていたのは作品だけではありません。
どう語られ、どんな空間に置かれ、どう体験され、それが価格や評価にどうつながっているのか。照明や余白、導線、作品との距離まで、アートを取り巻く空間ごと観察してきました。
とはいえ、最初からそんなに難しい顔をして歩いていたわけではありません。

到着直後にまず思ったのは、ニューヨークのアート市場についてではなく、顔が痛い、でした。
マイナス20度近い寒さは、寒いを通り越して痛い。ものすごく痛い。

徹底的に防寒したのに全然足りない。
今回の出張メンバーの阿鼻叫喚で、極寒の4日間が始まりました。

アートを読み解く力は、すごい

今回の旅で、最初の1日の密度を大きく引き上げてくださったのが、ニューヨーク在住のアートディーラー、Kさんでした。
Kさんは、日本でも知らない人はいないトップティアのアーティスト作品を取り扱い、錚々たる経営者やアートコレクターへお届けされています。

とてもラッキーなことに貴重なご縁をいただいて、ニューヨーク到着後にすぐ合流し、そのままHauser & Wirthをはじめとするメガギャラリーを中心に案内していただきました。
Kさんがすごかったのは、有名なギャラリーを詳しく知っている&顔パスなことだけではありません。
私たちが今回何を見に来たのかを踏まえて、どこのギャラリーから入り、何を見て、何に注目すると理解が深まるのかまで丁寧に考えて、端的に示してくださったこと。

作品だけを見ていると、どうしても、好き、嫌い、きれい、よく分からない、くらいで終わってしまうことがありませんか?

ところが、その作品がどんな時代背景から生まれ、なぜ評価され、なぜこのギャラリーが扱っているのかを聞いた途端、同じ作品なのに見え方が変わるんです。
作品は何も変わっていないのに、です。
そう考えると、アートを見る力と同じくらい、アートを読み解いて人に渡せる語り部の存在は大きいのかもしれません。

これは私たちの仕事にも似ています。
良い素材を使った。良い家具を入れた。良いアートを選んだ。
それだけでは、相手にとっては、「まあ、良いものが置いてあるな。」で終わってしまうでしょう。

そうではなく、なぜ、何のために、これをこの場所に置いたのか。
そこまで説明できたとき、ようやく生きた提案になります。

初日から、アートを見に来たはずなのに、ずいぶん仕事のことを考えていました。

作品と作品の間の宇宙

初日にメガギャラリーから入ったのも、結果としてとても良かったと思います。
作品はもちろん、すごい。
10億円を超える額で取引されるアートが無造作にそこにあるという圧。

でも、それ以上に気になったのが、作品と作品の間でした。
広い。

日本だったら、絵と絵の間にもう1枚、いや2、3枚置きたくなってしまいそうなくらい広い。
静かで、余白があって、作品同士が近づきすぎていない。

スタッフも全くこちらへ寄ってこない。

なのに、空間全体には妙な緊張感があります。
ここまで含めて作品の価値なのだろうか、と考えました。

そしてKさんの話を聞いているうちに、その感覚は空間だけの話ではないことが分かってきました。高い作品だから価値がある、という素人心に思っていた単純な話ではないということ。

作品そのものに、作家の背景や時代性の評価、取り扱うギャラリーの信用、説明する人、展示される空間、これまでどのように流通してきたのかといったものが、少しずつ意味として付加されて、価値が上がっていく。
初日にChelseaを歩いたことで、ニューヨークのアート市場におけるひとつの基準を、頭ではなく身体で知ることができました。

最後にKさんから、Tribecaには若手ギャラリーが多く、Chelseaとはまた違うと教えていただき、後日実際に歩いてみました。

ソーホーからチェルシーへ、そして近年はトライベッカへ。ニューヨークのギャラリーシーンは、街の変化とともに中心地を移してきたそうです。

実際に行ってみると、たしかに違う。
ギャラリーの規模だけではありません。

作品も、価格帯も、空間も、そこにいる人も、街の空気も違います。
Chelseaには完成された市場としての緊張感があり、Tribecaではもう少し挑戦的で実験的な表現や、ラフな空間にも出会いました。
アート初心者でも、新しい価値の息吹を感じてしまう、ワクワク宝箱のようなギャラリーが無数に立ち並んでいます。

重厚さや安心感を求める人もいれば、まだ誰も知らないものを見つけたい人もいる。
はじめて、日本で「アート」という言葉に感じてきた、
謎の画一的な「高尚」感に、ちょっと本来は違うんだろうな、という感覚を持ちました。

同じアートを同じ言葉で提案する必要もない。
もしかして、アートを提案するという仕事は、良い作品を探す仕事というより、その人と作品の間に存在するつながりや理由を見つけて出会わせる仕事なのかもしれません。


後編に続く