慶應義塾大学法学部を経て桑沢デザイン研究所でデザインを修め、空間デザインの名門・スーパーポテトで国内外の話題店を手がけた河合優吉氏。
独立後は一躍注目を集めたが、MBAの取得、M&Aコンサル、蓄電池スタートアップへの参画……まるで回り道に見えたその歩みが、彼を全く新しいデザイナーへと生まれ変わらせた。
昨年秋、ユニオンテックグループとの新体制で飲食店専門の空間デザイン会社「designspirits(デザインスピリッツ)」を再始動。再始動から間もなく1年を迎えるいま、河合氏に現在の思想と情熱を語ってもらったインタビュー、後編。
Index
感動と収益を両立する設計思想
ただ、私は単純に「お金を沢山かけましょう」と言いたいわけではありません。もちろん、予算とのバランスは一緒に丁寧に考えます。どこを削るかも含めて、全部オープンにお話しします。
空間への投資は、その後の客単価向上、雇用機会向上、スタッフコスト減額、SNS映えによる宣伝費削減、様々な経済的付加価値、意味価値の向上につながっていなければ改装する意味がないですから。
実際、先ほどのお鮨屋さんも、結果的にすごく良いお店になりました。
人が集まる理由を、デザインする。実績が証明するdesignspiritsの設計力
designspiritsが目指すのは、美しい空間をつくることだけではありません。
オーナーの想いを汲み取り、事業の可能性を見極め、その場所に人が集まり、長く愛される理由を空間に落とし込むこと。
飲食店から大型商業施設まで、規模も業態も異なる3つのプロジェクトを通じて、designspiritsの設計思想と、その先に生まれた成果をご紹介します。
CASE 01 コの字酒場 ゆとり (西葛西)
まだ街になかった居酒屋を、オーナーとの対話からかたちに。
▍背景・課題
地域に新しい選択肢をつくる
「渋谷や下北沢にはあるけれど、葛西にはまだない。そんな和モダンの居酒屋をつくりたい」
オーナーのこの一言から、プロジェクトは始まりました。
当初は店舗のレイアウトも具体的なイメージは定まっておらず予算も限られていましたが、求められたのは、単に希望をデザインに落とし込むことではなく、オーナー自身もまだ言語化できていない理想の店舗像を、ともに見つけ出すことでした。
▍設計アプローチ
対話を重ね、曖昧なイメージを具体化する
初回打ち合わせから、オーナーとはほぼ1日おきにビデオ通話で対話を重ねました。
手描きのレイアウトやイメージビジュアルを複数提示しながら、好みや理想を少しずつ具体化。「昭和の時代家具があるようなお店」という方向性が見えてくると、翌日には参考となる店舗のビジュアルを共有し、空間のイメージを固めていきました。
方向性が定まってからは、わずか4日間でデザインと概算見積もりを作成。初回打ち合わせから約1週間で、具体的な空間提案へと結びつけました。
最終的な提案額は当初予算を500万円以上超えてしまったと言います。それでも、オーナーの理想を実現するために必要な空間のあり方を愚直に追求しました。
▍成果
開店前から、街の期待を集める店に
施工中から、通りがかる人々に「何のお店?」「いつオープンするの?」と声をかけられることが多かったといいます。そして迎えた開店当日。
店の前では「おいしそうだよね」「今日は予約でいっぱいなんだって。また来ようね」と話す人々の姿が見られました。
河合氏はその光景を目にし、「おいしそうに見える店構えができた」と、手応えを感じたと振り返ります。
料理を口にする前から、期待が生まれる。街を歩く人が、思わず足を止めたくなる。
そんな飲食店の第一印象を、空間デザインによって生み出した事例です。
CASE 02 鮨 つどい
席数を減らし、体験価値を高める。鮨店の事業転換を支えた空間設計。
▍背景・課題
席数ではなく、一人ひとりの顧客体験を重視する
「木更津に、誰も真似できない鮨屋をつくりたい」
オーナーが目指していたのは、既存店とは異なる、新たな鮨店のあり方でした。
自ら船に乗って地元の魚を釣り、提供する。理想の味を追求し、5年間で酢飯を5回も変える。そんな独自のこだわりを持つ料理人です。
一方、既存店は35席。満席になると、すべてのお客様に十分な時間をかけて鮨を提供することが難しいという課題がありました。
そこで目指したのが、席数を減らし、客単価を高めながら、一人ひとりのお客様と向き合える店づくりです。
こちらも、当初予算を1千万円ほど超えてしまいましたが、オーナーは銀行との交渉を3度重ね、追加融資を確保して着工を決断しました。
▍設計アプローチ
料理人の個性を、空間の価値に変える
設計の出発点となったのは、オーナー自身が持つ独自性でした。
自ら釣り上げた魚を提供すること。鮨を握る技術を磨き続けること。そして、お客様との時間を何より大切にすること。こうした魅力が自然と伝わるよう、料理人が主役となるカウンターのレイアウト、素材や色彩、照明を計画しました。
さらに、握りの様子を美しく撮影できるスタジオ機能を厨房に取り入れ、SNSでの情報発信にも対応。来店客が思わず写真に収めたくなるアートウォールや、特別な時間を過ごせる金箔仕上げの個室も設けました。
料理を味わうだけでなく、料理人の技術やこだわりを間近に感じ、その体験を誰かに伝えたくなる。料理人の個性そのものが、店舗の競争力になる空間を目指しました。
▍成果
開店初日から好調なスタート。客単価も目標を上回る
開店初日には、用意した酒類が完売するほどの好調なスタートを記録。その後もSNS経由での予約が発生し、客単価は当初目標を上回る水準で推移したといいます。
また、工事完了後、オーナーと河合氏がカウンターに並んで座った際、オーナーが口にしたのは「落ち着きますねぇ」という一言でした。河合氏は、その言葉を聞いた瞬間、目指していた空間が実現できたと確信したと振り返ります。
席数を増やして売上を追求するのではなく、一席あたりの体験価値を高める。オーナーの強みを空間に反映することで、店舗の新たな事業モデルを支えた事例です。
▍成功のコア
空間は、客単価を変える経営資源になる。
高価格帯の飲食店に求められるのは、料理の品質だけではありません。料理人との距離感、居心地、特別感、そして記憶に残る体験。
何に価値を感じ、対価を支払っていただくのか。その答えを空間から考えることで、飲食店の経営戦略を支えることができます。
CASE 03 観光ツアーに組み込まれたフードホール
40店舗以上への交渉から運営の仕組みまで。15年以上愛される商業空間をプロデュース。
▍背景・課題
地域のランドマークとなる商業施設をつくる
商業施設側から求められたのは、地域のランドマークとなり、人々が集まる場所をつくることでした。しかし、単に飲食店を集めるだけでは、既存の商業施設との差別化は難しい。
そこで着目したのが、その地域にはまだ存在しない業態や体験を見つけ出すことでした。既存の市場を分析し、地域の人々や観光客が求めながらも、まだ十分に提供されていない価値を探るところから、プロジェクトが始まりました。
▍設計アプローチ
空間だけでなく、集客の仕組みまで設計する
まず取り組んだのは、徹底した商圏分析と現地でのフィールドワークです。地域の飲食文化や人の流れを調査し、既存施設では満たされていない需要を探りました。
さらに、路上で営業する屋台を一軒ずつ訪問。計画内容や模型を見せながら40店舗以上のオーナーと交渉を重ね、商業施設への出店を働きかけました。取り組みは、テナント誘致だけにとどまりません。
各店舗の家賃設定や、当時としては珍しかった店舗間のクロスオーダーの仕組みも導入。来場者が複数の店舗を楽しめるよう、回遊性や滞在体験も考慮しました。
何をつくるかだけでなく、誰が出店し、どのように人が集まり、どう賑わいが生まれるのか。事業の仕組みと空間デザインを一体で考えたプロジェクトです。
▍成果
観光名所となり、15年以上愛される場所へ
完成後、フードホールは観光ツアーのルートに組み込まれ、地域の新たな集客拠点となりました。行列ができる人気施設として定着し、15年以上にわたって多くの人々に親しまれてきました。
さらに、その後はマレーシア・マラッカ、中国・広州にも展開。域の潜在的な需要を見つけ、店舗構成や運営の仕組みまで設計することで、一つの施設にとどまらない展開へとつながりました。
▍成功の核心
賑わいは、偶然ではなく設計できる。
河合氏が重視するのは、その地域にまだ存在しない「市場の空白」を見つけること。何が足りないのか。どんな体験が求められているのか。どのような店舗が集まれば、人は訪れたくなるのか。
空間のデザインに着手する前から事業の可能性を見極め、賑わいが生まれる仕組みをつくる。
それが、designspiritsの考える空間プロデュースです
ぜひ自分に任せてほしい人
私はA案・B案・C案と大量に案を出しながら「これも当たりそう、メリットデメリットはアレとソレです」と議論していくスタイルなので、一緒にどんどん判断していける人だとものすごくいい議論になります。失敗しそうな案をお互いに潰し合い、成功への必要条件を擦り合わせていくセッションのような打合せになります。時には怒号が飛び交い兄弟喧嘩のようになります。
しかし、このような過程を経た方が、複数の人数が納得づくで投資し、店づくりをするので、良い店になります。本音でぶつかり合ってこそ、お店の将来のためを本気で考えてるチームになって行くのです。お店はハードウェアとして大切ないち要素ですが、日々、お客さまにサービスを提供するのは人なので、ソフトウェアとしての人と一体感のあるチーム形成が不可欠です。
バウムクーヘン屋さん、パン屋さん、飲茶、中華、お寿司、クラブ、フードコート、クレープ屋さん……さまざまですが、「新しいブランドに生まれ変わらせたい!」というプロジェクトは私が一番得意としていて、沢山のお店を経営的に「当てて」きた実績があります。
市場と時流の読み方、エリアのポテンシャル分析、そのエリアで今までなかった業態やポジショニングの見極め──これは、その場を歩き回ってフィールドワークを積み重ねてきた経験から体得した、ある種の特殊能力、いや、属性だと思っています。ポケモンに例えると電気タイプやエスパータイプみたいな(笑)。
このエリア、環境ではこんな客単価に見えるお店にしておいた方が安全だ、という調律の感覚が磨かれてきた。
あとは流行に流されるタイプ。インスタで話題のあのテイストにしてほしい、というだけで来られると、3年後に流行が変わった途端に陳腐化しお客さまにみむきもされなくなります。私がご一緒したいのは「今、流行っている店」ではなく、「10年後も30年後も愛されている店」なんです。
ユニオンテックとの新体制が生む価値
それと、私はデザインと設計・プロデュースに集中できるようになりました。経営管理やバックオフィスはユニオンテックのチームが支えてくれている。以前は全部一人でやっていたから、そこで力を消耗していた部分がある。今は純粋にクライアントと、お店のことだけを考えていられる。
デザインで、お店の未来を変える
インタビューを通じて印象的だったのは、河合氏が「デザイン」という言葉をどこまでも広義に捉えていることだ。見た目の美しさはもちろん、厨房の動線、従業員の人数、素材の経年変化、照明の熱効率……それら全てが「長く愛されるお店」のための設計要素だと言い切る。
MBA取得を通じて得た経営の視点、事業会社で身をもって感じたキャッシュフローの重み、そして数えきれないほどのお店を見守り続けてきた経験値。その全てが今、空間設計という一点に収束している。
店舗経営者にとって、空間デザインは「コスト」ではなく「投資」だと河合氏は言う。そしてその投資を正しく回収するための設計こそが、designspiritsの存在意義なのだろう。
再始動から1年。「長く愛される店づくり」という新たな旗印のもと、河合優吉の挑戦は続く。
▼前編はこちら
河合 優吉
インテリアデザイナー / designspirits代表