昨今、オンラインコミュニケーション技術の進化により、コミュニケーションに距離や時間、場所の制約がなくなったことで、世の中のあらゆる空間の「在り方」に変化が起きています。それは、私たちの働くオフィスも例外ではありません。世界的に有名な大企業や、時代を牽引するスタートアップ企業が、「働きに行くこと」以外の付加価値をオフィスに求めるトレンドは今後も加速していきます。
同時に、これからは誰もがAIをはじめとしたテクノロジーを活かし使いこなす時代となり、そのための「クリエイティビティ(創造性)」が強く求められるようになりました。このような社会のトレンドやニーズに応える空間とはどのようなものでしょうか?当インタビューシリーズでは、全10回にわたり、常に0から1を生み出し続ける新進気鋭のアーティストの方々を迎え、未来のオフィスのヒントを探ります。
同時に、これからは誰もがAIをはじめとしたテクノロジーを活かし使いこなす時代となり、そのための「クリエイティビティ(創造性)」が強く求められるようになりました。このような社会のトレンドやニーズに応える空間とはどのようなものでしょうか?当インタビューシリーズでは、全10回にわたり、常に0から1を生み出し続ける新進気鋭のアーティストの方々を迎え、未来のオフィスのヒントを探ります。
記事のPOINT
・制作のルーツは、変化の激しい都会の環境の中での喪失体験
・ユニオンテックへの提供作品のテーマは“観察と発見”
・クリエイティビティを刺激するオフィス=仕事じゃないことができる、余白のある空間を備えたオフィス
「アートが変える、未来のオフィス」第2回目は、東京生まれのペインター、大学時代はHCI領域の研究室にて「都市での生物多様性の保全」をテーマに研究を行い、現在は国内外の幅広い展示会で活躍するnachara(なちゃら)氏を迎え、ユニオンテックの役員であり、設計デザイナー兼クリエイティブディレクターも務める赤枝との対談インタビューをお届けいたします。
nacharaさんについて
―――はじめに、nacharaさんご自身について、経歴や作風などを教えてください。
nacharaさん(以下敬称略) ペインティングと、セラミックの立体が制作の中心です。ペインティングを始めたのは大学を卒業してからですが、母子手帳に“虫取りとお絵描きが好き”って書いてあったぐらい、小さい頃からずっと絵を描くことは好きでした。
赤枝 大学ではどんなことを学んでいたんですか?
nachara 慶応義塾大学のSFCで、プログラミングなど技術系の勉強をしつつ、センサーや画像認識の技術を使って物を作る、というようなことを大学4年間で研究していました。その一方で、アナログな制作をしたいという思いがずっと募っていて。就職するつもりもなく、卒業してから絵を描き始めました。
赤枝 最近は個展も開かれているそうですが、どのような経緯がありましたか?
nachara はじめは自分で単純に作りたいものを作っていて、それを周りの人に見せていた中でグループ展に呼んでもらったのがきっかけで、本格的に気合を入れてやりはじめました。まずは仲のいい友達とギャラリーで二人展をやったのが、2021年ぐらいでしたね。去年は初めて個展をやらせていただいたり、ソウル(韓国)でのグループ展にも参加させてもらったり、ちょっとずつギャラリーでの発表の機会をいただくことが増えてきて、今はそれをメインに活動しています。
韓国での展示の様子
赤枝 どのようなテーマに取り組んでいるんですか?
nachara 大学の時の研究からずっと共通しているのですが、都市での生物多様性や、ほかの生物との関わり合い、その土地での愛着や記憶を呼び起こす体験を作ることが自分の制作の軸になっています。
works by nachara
赤枝 きっかけはあったんでしょうか?
nachara 中学・高校が渋谷区だったのですが、実家もその辺りで、いわゆる東京のど真ん中で生まれ育ちました。家の向かいに女性が1人で住んでいるお屋敷があって、そこの庭が森みたいだったんです。大都会の中にぽつんと森がある、みたいな。そこに小さい頃、毎日入り浸って遊んでいたのですが、私が小学校に入るぐらいの時に売られて更地になって、もう今は駐車場です。私はそこで自分の昆虫や植物に対する強い関心や自然観など今の自分の軸となる価値観が作られましたね。
その愛着のある場所が駐車場になって消えていくという喪失体験を経て、その後も変化の激しい地域だったので、空間も時間も、やっぱり経済的に合理的な使われ方をされていくんだなぁというのをずっと見てきました。もちろん私もその経済活動に加担していますし、「快適に暮らしたい」「お金がほしい」という欲はあります。でもそんな中で、地を這う蟻を1時間じーっと眺めるような時間も大切にしたくて、経済的には全然意味のない時間かもしれないけど、そういうものを見失わずにずっと向き合っていきたいという気持ちが当時から変わらずあり、自分の制作の根本にあるものです。
その愛着のある場所が駐車場になって消えていくという喪失体験を経て、その後も変化の激しい地域だったので、空間も時間も、やっぱり経済的に合理的な使われ方をされていくんだなぁというのをずっと見てきました。もちろん私もその経済活動に加担していますし、「快適に暮らしたい」「お金がほしい」という欲はあります。でもそんな中で、地を這う蟻を1時間じーっと眺めるような時間も大切にしたくて、経済的には全然意味のない時間かもしれないけど、そういうものを見失わずにずっと向き合っていきたいという気持ちが当時から変わらずあり、自分の制作の根本にあるものです。
赤枝 それが原体験になっているんですね。
nachara はい。なので今回、渋谷にある会社で仕事ができるというのは個人的に意義深かったですし、嬉しかったです。
赤枝 今までは渋谷をテーマにした作品はやったことはなかったんですか?
nachara そうなんです。自分の家の周りをテーマにした作品を作ったことはありましたが、基本的には作品を見た人にとっての思い出の場所とつながるといいなと思っていて。なので少し抽象化したり、みんながどこかで見たことがありそうな原風景みたいなものにちょっと変換して作品にすることが今までは多かったです。なので具体的に、渋谷をテーマにした表現が入っている作品は初めて作りました。
アート作品の提供について
赤枝 アート作品の、企業への作品提供は何回目ですか?
nachara 今回のようにオフィスに置くという前提で新しく作って、インストールするのは初めてです。自分が今まで作った中で一番大きい規模感でしたし、とても嬉しくて、周りの人に自慢しました(笑)。毎日なんとなく目にするものとして記憶されていくということが自分の作品の立ち位置としてあっているなと思いますし、オフィスの顔でもあるエントランスに、このサイズのものを置いていただけるのは本当に光栄だと思っています。
赤枝 ありがとうございます。作り手の方に喜んでもらえるなんて、僕らも嬉しいです。エントランスに置いているメインの作品「A FILM OF RANDOM SCENES」はファブリックですが、こういう制作は初めてでしたか?
nachara 初めてです。楽しかったです。
ART Photo by Alfie Goodrich
赤枝 平面とは見え方やっぱり違いますね。
nachara そうですね。私がペインティングで今やっているシリーズが、16対9の比率のキャンバスを作って絵を描いて、そこに既存の映像作品から字幕をそのままサンプリングしてきて、それを絵の上に筆で描いて載せているものです。切り抜かれた映像のワンシーンがモチーフになっていて、そのシリーズを布でできないかな、という議論をWA!(WA!Co.,Ltd.)の皆さんとしていた時に「なんかフィルムに見えるね」という話が出てきて、それが自分の表現としてうまくはまりました。今までやったことがない表現に落とし込めましたし、議論をしながら色々な素材や機材を使って実験的な制作ができて面白かったです。
赤枝 なるほど。空間全体を巻き込んでその作品がどう見えるか、というところに挑戦してもらいたいなと、僕らも意図してお願いしたというのもありますが、アーティストさんにとって発想を拡大していくきっかけにもなっていたなら本当に良かったです。
nachara はい。本当に広げていただいたなという感じがしています。この作品は、実際空間にインストールしてみないとどうなるかわからなかったんです。布が透ける素材なので、向こう側にどういう空間が見えているのか、人が通った時にどう見えるのか、どう見上げてほしいのか、そういったことをオフィスに来て実際に見つつ、空間とインタラクションしながら作りました。
赤枝 何回か見に来て、シミュレーションしていたのを僕も見かけました。物理空間って、僕らも普段そうですが、やっぱり実際に置いてみないとわからないんですよね。自分の感覚だけを信用して、その場に行って貼ってみたら、大きすぎるとか小さすぎることってよくあって。その場に行ってみることが大事というか、用意周到にやらないと、ベストなサイジングとか感覚って得られないと思いますね。
―――これらの提供作品には、どんなテーマがありますか?
nachara 全体としては“観察と発見”というのがテーマになっています。ユニオンテックさんがどういう会社なのか、WA!の渡辺さんからうかがって、まずは私が考えた上で何度か議論して決めました。関連性のないシーンが12点ぐらい連なっていて、それぞれ引きの絵だったり、寄りの絵だったり、いろんなスケールや視点で何かにフォーカスする…という表現になっています。ユニオンテックさんのものづくりの姿勢をそのように解釈しました。
赤枝 なるほど。
nachara 2点、意識して入れたシーンがあって。1つは、渋谷のオフィスだから渋谷をモチーフにしたものを入れたいという話から、センター街のアーケードサインをモチーフにしたシーン。もう1つは、ユニオンテックさんらしさを表現したシーンです。何度かオフィスに伺った時に、皆さんが自ら手を動かしてオフィスを作っていらっしゃることに衝撃を受けて。こんなに大きな会社で大きな仕事をされているのに、手を動かしながら考える、作る、そういったことを大切にされてるのかなって。
赤枝 自分たちで楽しんでやっている、という部分はあるかもしれません。
nachara なのでそういう印象を落とし込んだシーンを1つ入れました。石が真ん中にあって、棒が横に置いてある絵です。“構造物の最小単位”や“作ることの始まり”といったプリミティブなイメージで作りました。
―――ファブリック作品はもう1点「One by one」がありますが、こちらはいかがでしょうか。
nachara ワーカーエリアに設置する作品なので、発想が生まれる場所になるのかなと思って、暗いところからアイデアを拾い上げ、そこに明かりを灯すイメージで作りました。
赤枝 蛍みたいな感じの絵で、いいですよね。ワーカーエリアには3人のアーティストさんの作品を設置しているんですが、すごく効果的だと思っています。少し目隠しの機能が欲しかったんですが、普通のやり方じゃつまらないということで、アートを置いてみたんです。その機能とデザインがちゃんと担保されている感じがして、気に入っています。
nachara それぞれのアーティストの作品の色が被っていなくて、いいバランスになってますよね。
赤枝 そうですね。規格としてもちゃんと均等になっているので、空間とのマッチングも美しくて。あの場所を人が横切ったり、布の奥に人が見えたりすると絵に動きができて、とてもよかったと思います。
nachara あの布は色で透け方も変わってくるんです。実はこの作品は布に何色も出力して、WA! (WA!Co.,Ltd.)の皆さんと重ねてみて、こうした方がいい、ああした方がいい、と話し合いながら色を調整しました。
クリエイティビティ(創造性)を刺激するオフィス
赤枝 もしnacharaさんがオフィスを作るとしたら、こんな風にしたいとか、こんなオフィスがあったらいいな、と思うのはどんなものでしょうか。
nachara 大学時代の研究室が、用がなくても行くというのをすごく大事にしていたんですが、それは私も大事だと思っていて。進捗の発表の会にだけ来る人もいたけど、進捗がないにも関わらず研究室に来て、雑談しながら物を触ったり、手を動かしたりする中でアイディアが生まれるという体験も多かったので、オフィスという空間もそうだといいなって。
赤枝 まさに、アイディアが生まれる場所というのは最も聞きたかった部分です。でもまずはその場へ行きたい気分になる必要がありますよね。例えばこんな空間なら行きたくなる、というイメージはありますか?
nachara その点では、ユニオンテックさんのオフィスですごくいいなって思ったのがバーカウンターがある空間です。仕事がなかったらオフィスに行けないというのは結構プレッシャーになると思うので、曖昧な、何もしなくていい空間とか、仕事じゃないことができる空間とか、そういう余白のある空間があることが大事だなと思いました。それで、何か面白いアイデアはあるかな…って思って考えていたのは、「ステージ」です。
赤枝 なるほど、面白いですね。
nachara 小さいステージがあって、そこで何でもできる。例えば、ギターをやっている人がいたら今日は仕事終わったからライブしますとか、手品をしますとか、ここでワークショップをしますとか、1週間だけ作品を展示しますとか…何にでも使える場所があったらいいなって。先ほどの話のように空間は実際に作って使ってみないとどうなるのか分からないところもあるので、いつでも変更できる流動性がどこかにあるオフィスがいいんじゃないかなと思いましたね。
赤枝 空間の用途を変える前提で作ってほしい、というお客さんもいますよ。なるべく固定をしないでとか、壁を立てないでとか。実際に、昨年社内にステージを作ったプロジェクトもあり、とてもクリエイティブな企業様のオフィスでした。nacharaさんのアイディアはかなり目の付け所が鋭いですね!
―――最近のオフィストレンドの中で、AIやテクノロジーの急激な進化に伴い人間ならではの “ クリエイティビティ(創造性)” を養う空間へのニーズが高まっているというものがあります。最もクリエイティビティの高い仕事の一つであるアート界にいるnacharaさんから、なにか提言をいただけますか?
nachara 提言となるととても恐縮なので個人的な所感ですが...大学時代に技術系のことを学んでいて、既に当時ディープラーニングが流行っているのを見ていたので、昨今のAIブームはなんか急にバズったな、という感覚でした。私は、AIは他の技術の延長線上にあるものという認識でいるのですが、最近になって誰でも簡単にAIを使えるようになってきたことで使い方にリテラシーが求められるようになったというのが大きな変化ですよね。そこでさまざまな問題が起きてきていて。あとは、AIに仕事を奪われるんじゃないかと言う人もいますが、私自身としては特に焦る気持ちはなく、自分の作品も人の作品もそうですが、作品の背景にある“切実な思い”や、その表現をするに至った“必然性”に人は心を動かされると思うんです。だから、人がその “必然性” に向き合って手を抜かずに考えていくことができていれば、AIとは棲み分けられるというか、そこは人間だからこそできることかな、と思っています。
赤枝 そのアウトプットに至る必然性みたいな部分が、人が培うべき、というか大切に育てるべきクリエイティビティですよね。アウトプットだけならAIでポンと疑似的に作ることもできるかもしれないけど、バックボーンやストーリー性は、AIが体験を通して得たものではなく何かのコピーですからね。東京のど真ん中で育ったけど、目の前の豪邸の庭が森みたいで、そこで自然と戯れていたという制作の原体験を持つnacharaさんの作品の必然性は、こうして聞かなきゃわからないし、そこで「なるほど」と理解度が高まる。この流れは人間じゃないと苦しいですよね。
今後の活動について
赤枝 最後に、今回新しいチャレンジもあったと思いますが、今後やってみたいことはありますか?
nachara 私は自分の育った場所に対するこだわりが強いので、今回の“渋谷”みたいに、場所性のある制作は今後もやっていきたいと思っています。あと、今回のように企業の方と一緒に議論しながら作品を作ることは今後もやっていきたいですし、海外でのアーティスト・イン・レジデンス*にもチャレンジしようと考えています。
*アーティスト・イン・レジデンス(AIR):各種の芸術制作を行う人物を一定期間ある土地に招聘し、その土地に滞在しながらの作品制作の支援や、活動プログラムの提供をする事業のこと
赤枝 今回の作品提供は、アーティストさんにとっては、ある種自由がないと思われる部分でもあるかもしれないんですが 「渋谷にあるオフィスに置くもの」という条件があったので、その中でどういうパフォーマンスができるのかとか、それが逆に今までにない発想や表現を発見するきっかけになる可能性もあると思いますね。
nachara とてもいい経験になったので、またこういう機会をいただけたら是非やりたいなと思います。自分1人じゃ発想できないこともありましたし、予想もしていなかったアウトプットに行くことができたな、と実感しています。
赤枝 僕らは空間デザインを生業としているので機能から考えることが多いんですが、nacharaさんの作品とはコラボできるような要素がたくさんあると感じました。
―――今後の展示会などの予定などがありましたら、ぜひお知らせください。
nachara 8月16日から渋谷のFabCafeという場所で個展があります。また現在、企画からキュレーションをして展示を作るということもやっていて、葛西で今年の11月と、来年を予定しています。来年の9月には、表参道のギャラリーでの個展も予定しています。
赤枝 海外というのは、何かヴィジョンがあるんですか?
nachara 機会をいただければいろんなところに行きたいのですが、韓国語ができるので、まずはそれを生かして韓国に行こうと思っています。
赤枝 かっこいい!
nachara 「FRIEZE SEOUL(フリーズ・ソウル)」という大きい国際アートフェアがあって、去年、見に行ったのですが、世界中からアート関係者がたくさん来ていて、いろんなチャンスが生まれているのを目の当たりにしました。日本人のアーティストで、韓国で活動する人は今まだそんなに多くないですし、韓国はペインティングの中だと抽象画が強いのですが、その勉強をしたいというのも理由のひとつです。
Photo=Leo Yamamoto Interview=Sakiko Shinohe