昨今、オンラインコミュニケーション技術の進化により、コミュニケーションに距離や時間、場所の制約がなくなったことで、世の中のあらゆる空間の「在り方」に変化が起きています。それは、私たちの働くオフィスも例外ではありません。世界的に有名な大企業や、時代を牽引するスタートアップ企業が、「働きに行くこと」以外の付加価値をオフィスに求めるトレンドは今後も加速していきます。
同時に、これからは誰もがAIをはじめとしたテクノロジーを活かし使いこなす時代となり、そのための「クリエイティビティ(創造性)」が強く求められるようになりました。このような社会のトレンドやニーズに応える空間とはどのようなものでしょうか?当インタビューシリーズでは、全10回にわたり、常に0から1を生み出し続ける新進気鋭のアーティストの方々を迎え、未来のオフィスのヒントを探ります。
同時に、これからは誰もがAIをはじめとしたテクノロジーを活かし使いこなす時代となり、そのための「クリエイティビティ(創造性)」が強く求められるようになりました。このような社会のトレンドやニーズに応える空間とはどのようなものでしょうか?当インタビューシリーズでは、全10回にわたり、常に0から1を生み出し続ける新進気鋭のアーティストの方々を迎え、未来のオフィスのヒントを探ります。
記事のPOINT
・インスピレーションの基は、2歳〜大学まで続けていたダンス
・ユニオンテックへの提供作品では、オフィスの構造的な造形に合わせてダンスを構造的に表現した
・1000年以上前から存在する「空間を使ったクリエイティブ」に影響を受け、目標としている
「アートが変える、未来のオフィス」第3回目は、幼少の頃から習っていたダンスの影響で身体を使った表現に関心を持ち、身体の伸縮によって生まれる張りやシワの美しさに着目したふくよかな体型の人物を描き、アーティスト・イラストレーターとして活躍する前田豆コ(まえだまめこ)氏を迎え、ユニオンテックの役員であり、設計デザイナー兼クリエイティブディレクターも務める赤枝との対談インタビューをお届けいたします。
前田豆コさんについて
―――はじめに、前田豆コさんご自身について、経歴や作風などを教えてください。
前田豆コさん(以下敬称略) ピンクのムチムチのキャラクターをメインに描いていて、キャンバスに描くような作品制作とか、広告や雑誌のイラストレーションの仕事もしています。
赤枝 キャラクターのインパクトがとても強いですね。どのように生まれたんですか?
前田 私のインスピレーションの基になっているのが、2歳ぐらいから大学ぐらいまでやっていたダンスなんです。踊っている人の身体の動きや張り、ねじった時の皺とかを感覚的に綺麗だなと思っていて、それをムチムチとした丸みのある身体なら描けるんじゃないかと思いました。
赤枝 なるほど、ダンスが原体験なんですね。どういったジャンルをやられていたんですか?
前田 一番長かったのはジャズダンスなんですけど、最初の頃はモダンダンスを習っていました。美術大学では身体表現のサークルで演者として身体を動かしていたんですが、即興表現みたいなものをやっていましたし、ストリートダンスとか感覚的な表現も好きですね。
赤枝 では、絵はいつごろから描いていたんですか?
前田 小さい頃から描くのは好きでした。ダンスは好きだったけど、運動は嫌いで、保育園でもみんなが外で遊んでいる時に絵を描いたり、工作したりするのが楽しくて。ダンスに加えて歌とか、お芝居もよく観に行っていて、“表現”をするのが好きだったので、高3の最初の頃までは舞台に立つ仕事がしたいと思っていたんですが、自分の人生にはやっぱり“絵”が軸としてあってほしいという思いが強くなって、美大に進みました。
前田 そこでグラフィックデザインを勉強しつつ自主的に絵も描いたり、コラージュをやったり、表現活動は社会人になってもずっと続けていました。
5、6年の間は会社員をやっていましたが、やっぱり絵を職業にしていきたいと考えた時に、私にはデザイン的な側面も必要なイラストレーションが合っていると思ってイラストレーターになろうと決めたんです。
5、6年の間は会社員をやっていましたが、やっぱり絵を職業にしていきたいと考えた時に、私にはデザイン的な側面も必要なイラストレーションが合っていると思ってイラストレーターになろうと決めたんです。
赤枝 ムチムチのキャラクターは最初から描いていたんですか?
前田 しばらくはいわゆるスタイルのいい女性などをモチーフに描いていたんです。それが、2021年の6月に大きいキャンバスに原画を描く機会いただいて、それまでの女性像だとアイデアが生まれなくて。
悩んで悩んで、最終的に「1回好きに手を動かしてみよう!」と。そしたら、ムチムチたちが出てきました。今までのことがやっと繋がった感覚があって、これからこれで行こうと決めました。
悩んで悩んで、最終的に「1回好きに手を動かしてみよう!」と。そしたら、ムチムチたちが出てきました。今までのことがやっと繋がった感覚があって、これからこれで行こうと決めました。
赤枝 ムチムチは基本、衣服は着ていないんですね。性別もよくわからない。それが特徴的で、印象に残ります。
前田 ありがとうございます。クライアントの希望によっては洋服を着せた子を描くこともあって、私はファッションが好きなので楽しいのですが、自分の作品に関しては、やっぱり“身体”を描きたいので、全裸です。性別も、私としてはあまり定めて描きたくないんです。
赤枝 普段、インスピレーションを受けているものは、やはりダンスが多いですか?
前田 Instagramでダンサーを見て、こういうポーズを描いてみたいな、っていうのは日々よくあります。でも最近、特に気になっているのは、「セーラームーン」とか「カードキャプターさくら」とか、ちっちゃい頃から好きだったアニメの主人公と、ビヨンセとかマイケル・ジャクソンといった世界的なパフォーマーと、仏像です。その3つの共通点を今、探求しているところで。
赤枝 へぇ~! 共通点ですか。面白いですね!
前田 それぞれ思想や行動は違いますが、それに対して説得力を持たせる身体性みたいなものが共通しているんじゃないかなって。例えば、キャラクターだったら決めポーズ、ビヨンセやマイケルだったら歌や身体の動き、仏像もポーズですね。加えて、それぞれの周りにある装飾も自分なりに研究して、まだ抽象的なものではありますが、作品に取り入れています。
赤枝 ムチムチのキャラクターのポーズもとても独特で面白いのですが、やはりポージングにはこだわりがあるのでしょうね。
前田 私は堂々としていて、他を圧倒するようなポージングに惹かれるのですが、このキャラクターの自我として、私の中で「絶対的な自身への愛」と「他者の視線からの解放」というテーマを決めているんです。この子を描いているうちに、それって私が憧れていることだ、と気づいて。セーラームーンとかビヨンセを見ていたら、その2つを体現する、すごく理想的な姿だと思えたんです。
前田 これはキャラクターが全裸ということにもつながっていて。「服なんて着なくても、私かっこいいし!」みたいな。そういうところを描きたいですね。
アート作品の提供について
赤枝 今回のように企業へ作品提供するという案件は多いですか?
前田 企業のオフィスに作品をインストールさせていただくのは3回目ぐらいです。
赤枝 今年の1月頃、ちょうどこのプロジェクトの作業をしている最中に、渋谷駅で豆コさんのアートが使われた広告を拝見したことがあるのですが、やはりインパクトが強いですし、コミカルで、色味もカワイイので、渋谷に存在していることがしっくりきますよね。
もともと渋谷という地域性を取り入れたいという思いもあったので、明るかったりポップだったり、ちょっとカワイイ要素があるようなアーティストさんたちにお願いしようと思っていて。豆コさんの作品には、早めに僕のアンテナが立ちました。
もともと渋谷という地域性を取り入れたいという思いもあったので、明るかったりポップだったり、ちょっとカワイイ要素があるようなアーティストさんたちにお願いしようと思っていて。豆コさんの作品には、早めに僕のアンテナが立ちました。
前田 ありがとうございます! 私、渋谷と恵比寿の間にある高校に通っていたので、その頃からずっと渋谷に浸っていました(笑)。自分にとって思い入れのある場所なので、親和性を感じていただいて嬉しいです。
ART Photo by Alfie Goodrich
赤枝 今回、ご提供いただいた2つの作品について、テーマやコンセプトを教えてください。
前田 事前に完成間近のオフィスを見学させていただいたのですが、単管パイプがそこらじゅうにあったり、床がむき出しで、設計上のメモみたいなものが書いてあるのも見えたり、構造的な部分がすごく出ているオフィスだなと思いました。そこと私の作品を組み合わせて表現できないかなと思って作ったのが、「Dancing Methods」です。
前田 テーマは、キャラクター自体のテーマでもある“ダンス”ですが、ダンスを構造的に見せたら面白そうだな、と。透ける布を重ね合わせて動きを表現して、その動きに沿って、plié(プリエ)とかダンス用語を矢印で書き入れて、構造的な部分を見せるような表現に挑戦しました。建築の青焼きの図面をインスピレーションにして青い線を使いました。キャラクターを輪郭線だけで描くのは初めてでしたし、こちらのオフィスのおかげですごく面白いチャレンジができたと思っています。
赤枝 もう1つは、「Salvage of Body Memories」ですね。
前田 これは去年の3月の個展の時に描いた作品です。自分の身体の記憶をサルベージしていくことをテーマに描いたので、ちょっと下から見たような構図で、記憶を拾っていくようなイメージになっています。手に持っているのは身体の記憶からイメージしたモチーフです。指先の蝶々は、実際に私がダンスの先生から「指の先に蝶々が乗っていると思いなさい」って言われていたんです。手先まで気を使って踊ってね、というニュアンスですよね。青いのは足で、踊っていた時に気にしていた足先や手先の抽象的なイメージを集めて描きました。
赤枝 とても面白いですね。
前田 作品を見てくれた方たちの気持ちが少しでも和らいだらいいなという思いもありますが、どちらかと言うと、特別なものじゃなくて、皆さんの生活の一部であるオフィスという空間になじんで、それぞれの方の中で、私の絵との出会いを通して何かがあったらいいな、と願っています。
クリエイティビティ(創造性)を刺激するオフィス
赤枝 もし前田豆コさんがオフィスを作るとしたら、こんな風にしたい、という希望やアイデアはありますか?
前田 やっぱりクリエイティブな発想が生まれるオフィスにしたくて、そのために何が必要かと考えた時、“偶発性を見る”みたいなことじゃないかなと思って。例えば、私のアトリエは自然豊かな地域にあって、前の家のお庭を見ていると、去年は咲いていなかった花が咲いたり、私は鳥が好きなんですけど、季節ごとに違う鳥が来たり…。日常の中にそういう小さい変化や予想していなかったことが起こると、脳が柔らかくなって固定観念が一旦外され、新鮮な気持ちになれる気がするんです。オフィス内でもそういう状況が作れるといいなと考えて思いついたのが、“ニセ従業員”です。たとえば、社員の方が普通に働いてる中で、役者さんとかダンサーさんとかが紛れて働いているフリをして…。
赤枝 なるほど、面白い(笑)! エキストラのような感じですね。
前田 そうです! 日替わりとか1日2時間とかでもいいと思います。たまに、突然踊り出すとか(笑)、突飛な動きしてもらうと、ビックリはしちゃうと思うんですけど、予想していないことが起きると面白いと思うし、皆さんの頭が柔らかくなったら嬉しいなって。
赤枝 確かに毎日変わり映えのしない体験より、たとえトラブルだとしても、予想外のことが起きると、良くも悪くも刺激になりますよね。僕は昔、工場で働いていた経験があるんですが、同じことをひたすら繰り返す中でたまにエラーが起きた時や、新製品の開発期はなんだか特別な感じがして、とても面白かったんです。
エラーに怒って辞めちゃう人もいれば、「なんじゃこりゃ?」っていう製品ができあがって、おじさんたちが集まって「なんでこんなのができちゃったんだろう?」と話し合っていたこともありました(笑)。だから、ルーティンの中に刺激を投げ込むという「ニセ従業員」はとても興味深いアイデアだと思いますね。AIやテクノロジーがどんどん進化する中で、こういった偶発性からクリエイティブなものを生み出す力は人間が圧倒的に豊かですよね。
エラーに怒って辞めちゃう人もいれば、「なんじゃこりゃ?」っていう製品ができあがって、おじさんたちが集まって「なんでこんなのができちゃったんだろう?」と話し合っていたこともありました(笑)。だから、ルーティンの中に刺激を投げ込むという「ニセ従業員」はとても興味深いアイデアだと思いますね。AIやテクノロジーがどんどん進化する中で、こういった偶発性からクリエイティブなものを生み出す力は人間が圧倒的に豊かですよね。
前田 そう思います。私はそんなにAIやテクノロジーに詳しくないので個人的な意見ですが、私の今のイメージだと、AIって100人が平均的に、それなりに感動できるものは簡単に作れるのだろうと思うんです。ただ、100人の中の1人の人生が変わってしまうぐらい強烈に感動するものって作れないんじゃないかなと。私はこの職業をやっている以上、やっぱりそれを目指して作っていきたい。
もちろん、いろんな人を喜ばせたいけど、人によって意見は違いますし、毎回、自分の人生や思いにフォーカスし続けていたら、誰かの心のど真ん中にブスッと刺さるものが作れると信じているので、そういう力を磨いていきたいですね。
もちろん、いろんな人を喜ばせたいけど、人によって意見は違いますし、毎回、自分の人生や思いにフォーカスし続けていたら、誰かの心のど真ん中にブスッと刺さるものが作れると信じているので、そういう力を磨いていきたいですね。
前田 あとは、私個人的にはいろんな選択肢があって、その中から好きな場所を選べる、という環境がすごく好きで。わかりやすく言うと、学校ってそうだと思うんです。いろんな教室や施設がある中で、「私は図書館のこの席が好きだから毎日いる」とか。今思うと、贅沢な空間ですよね。自由に選択することが許されているというか。そういう空間のほうが居心地もいいし、アイデアが湧きやすいですね。
赤枝 お気に入りの場所がある、というのはいいですよね。働く場所を選べる形のオフィスだとアイディアが湧きやすいというのは、これまで対談したアーティストの皆さんもやはり言っていましたね。
今回の弊社オフィスへのアート制作プロジェクトに参加してみて、どうでしたか?
今回の弊社オフィスへのアート制作プロジェクトに参加してみて、どうでしたか?
前田 実は、オフィスにアートをインストールするにあたって、今回のように事前にオフィスを見学したのは初めてだったんです。空間がすごく個性的で、これまで見たことのないようなオフィスだったので、この空間で作品をどう表現するか?というところから考えられたのがすごく面白かったですね。
絵を描く時もそうなんですが、私は”空間”というものをすごく意識しているんです。私はもともと仏教にすごく興味があるんですが、実際に仏教の寺院に足を運ぶと、これまで読んだ仏教の本に書いてあったこと以上の情報が圧倒的に入ってきたんです。それってやっぱり、“空間を作り込んでいる”からだなって。宗教なので、空間をもってして信仰を強くさせる意味はすごくあると思いますし。
絵を描く時もそうなんですが、私は”空間”というものをすごく意識しているんです。私はもともと仏教にすごく興味があるんですが、実際に仏教の寺院に足を運ぶと、これまで読んだ仏教の本に書いてあったこと以上の情報が圧倒的に入ってきたんです。それってやっぱり、“空間を作り込んでいる”からだなって。宗教なので、空間をもってして信仰を強くさせる意味はすごくあると思いますし。
赤枝 あぁ、なるほど。
前田 特に空海が好きなんですが、そういった空間を使ったクリエイティブを千年以上前にやっていたわけですよね。私も最終的に目指したいのは、“空間ごと絵を伝えること”です。今回のプロジェクトに参加させていただいて、その一歩を踏み出せたと思っています。
赤枝 僕も、空間とアートって親和性がすごく高いと思ってます。空間の中にアートがあることで、その空間が完成したり、質が上がったり、新しい見え方をしたりする。且つ、そこに人が訪れるわけで、空間とアートと人、この3つを掛け合わせて、どう作るのか。僕らも今回、このプロジェクトをやることで改めて考えたし、それを想像しながら作品を選んで作ってもらったんです。僕らにとっても新しいチャレンジでしたし、学びも多かったです。
豆コさんの作品含め、皆さんのアートが、いい空間を作るための強力なピースとして、とてもいいフックになったと思っています。
豆コさんの作品含め、皆さんのアートが、いい空間を作るための強力なピースとして、とてもいいフックになったと思っています。
前田 よかったです。ありがとうございます。私も今回、空間ってやっぱり人ありきなんだって改めて気づかされました。
Photo=Ayumi Kuramochi Interview=Sakiko Shinohe