昨今、オンラインコミュニケーション技術の進化により、コミュニケーションに距離や時間、場所の制約がなくなったことで、世の中のあらゆる空間の「在り方」に変化が起きています。それは、私たちの働くオフィスも例外ではありません。世界的に有名な大企業や、時代を牽引するスタートアップ企業が、「働きに行くこと」以外の付加価値をオフィスに求めるトレンドは今後も加速していきます。
同時に、これからは誰もがAIをはじめとしたテクノロジーを活かし使いこなす時代となり、そのための「クリエイティビティ(創造性)」が強く求められるようになりました。このような社会のトレンドやニーズに応える空間とはどのようなものでしょうか?当インタビューシリーズでは、全10回にわたり、常に0から1を生み出し続ける新進気鋭のアーティストの方々を迎え、未来のオフィスのヒントを探ります。
同時に、これからは誰もがAIをはじめとしたテクノロジーを活かし使いこなす時代となり、そのための「クリエイティビティ(創造性)」が強く求められるようになりました。このような社会のトレンドやニーズに応える空間とはどのようなものでしょうか?当インタビューシリーズでは、全10回にわたり、常に0から1を生み出し続ける新進気鋭のアーティストの方々を迎え、未来のオフィスのヒントを探ります。
記事のPOINT
・原体験は、自分の子供が生まれたら自分に似てチンパンジーのようだろうと思い作り始めた猿の彫刻
・はじめは同業であるKOKUYOさんさんからの依頼で、作品制作だけでなく複数のアーティストを起用して空間をディレクションするという取り組み方をスタート
・コミュニケーションこそ“会社に行く”という醍醐味であり、心のホットスポットにもなるような多目的スペースが必要。
「アートが変える、未来のオフィス」第4回目は、都市空間と人間の関係性に興味を持ち、人々が精神的に都市空間とつながる手助けとなるよう、公共空間での彫刻作品を制作・設置する取り組みをおこなっているアーティストWA!moto. / motoka watanabe(わっもと / もとか わたなべ)氏を迎え、ユニオンテックの役員であり、設計デザイナー兼クリエイティブディレクターも務める赤枝との対談インタビューをお届けいたします。
WA!moto.さんについて
―――はじめに、WA!moto.さんご自身について、経歴や作風などを教えてください。
WA!moto.さん(以下敬称略) 僕の作品は屋外の動物の彫刻が多いんですが、動物のモチーフを使い出したのは大学生の時からです。僕、子どもの頃は多動児で、相当落ち着きがなかったみたいで。自分でもそれを知っていて、大学で作品を作る時に、作品って自分の子どもみたいなものだと考えたら、僕の子どもが生まれるとしたらきっとチンパンジーだろうなと思って(笑)、チンパンジーの彫刻を作りはじめたんです。
赤枝 あははは! そんな発想というか原体験があったんですね。
WA!moto. それを人がいる場所に置くと、ストーリーが生まれて、いろんな人が僕の知らないところで作品と会話を始めてくれたんです。それがすごく面白いなと思って。バイト先のカフェにもチンパンジーを5、6匹飾らせてもらっていたんですが、みんな喜んで、名前をつけたりして愛着を持って接してくれていました。動物のモチーフが人と空間を繋いだり、擬人化をして誰かの中にストーリーを生み出したりするということが新鮮で、彫刻の役割の1つとして、こういう方向ってあるんだな、と気づきました。マネキンみたいなニュートラルなものよりは、もうちょっとストーリーがあったりとか、方向性を示すみたいなことができたりすると思って、動物のモチーフを使い出しました。
赤枝 アートを仕事にしていきたい、と思ったのもその流れですか?
WA!moto. 僕、北海道出身で、北海道って自然や公園の中に彫刻がいっぱいあるんです。地元にある洞爺湖には、湖を囲むようにいろんな彫刻がたくさん置かれている公園があって気軽に触れることができるんですが、そうやって生活の中とか、お出かけした先に彫刻があるのってすごくいいな、と思って。それで僕も、いろんな人が活動したり、交流したりする場所に動物の彫刻を作るというのを仕事にしたい、と思いましたね。要はパブリックアートですね。
赤枝 動物の種類には何かルールがあるんですか?
WA!moto. ルールではないですが、感情移入しづらいものはちょっと難しいですね。例えば、鳥って意外と難しくて、怖いとか苦手という人が結構いて、ちょっとノイズが多いんです。いろんな動物を試しているんですが、パブリックアートは、いろんな人が関わって、いろんな人の文化の中にどう溶け込んで、どういう機能を発揮するか、というようなことを検討する必要があるので、自分が好きなものができるわけでもない、というのが僕は逆に面白くて。
WA!moto. 特に海外のプロジェクトは文化が違うので、すごく面白いですよ。「道に落ちているバナナ、という発音が不吉だ」、「じゃあパイナップルにしよう」みたいなことが結構あるんです(笑)。
赤枝 全部コントロールできちゃうとつまらないですよね。いろんな人のエッセンスが加わって、結果、予想外のものができるほうが面白いというか。
―――WA!moto.さんはユニオンテックのアート作品のコーディネートやディレクションを担当していますが、経緯を改めて教えてください。
WA!moto. 最初にお話しをいただいた時は、1点という話でしたが、今までやったものをお見せして、「全体でやったほうが面白いんじゃないですか」と提案したら、赤枝さんが乗り気になってくださって。
赤枝 そうですね。話は早かったですよね。
WA!moto. バラバラのものを1個ずつ置くよりは、全体的なトーンというか、働く環境として関連性があるほうが、脳にもいいんじゃないかと思うんですよね。ザ・オフィスみたいな、真っ白で無機質な空間って、機能面だけを重視してデザインされているので、それだと目を留めるようなところもないし、すごく疲れちゃうと思うんですが、頭の体操じゃないですけど、ちょっと刺激があったほうが面白いだろうなとは思いますね。
赤枝 自分自身も作家でありながら、アーティストのセレクトを含め全体的なディレクションをするという仕事は普段からされているんですか?
WA!moto. そうですね。いろんな方面でやっていて、最近だとビルのリノベーション含めて、アート好きのオーナーの方と一緒にいろんな計画をしているんですが、彫刻と一緒なんです。動物の形か、ビルの形か、という(笑)。オフィスのアートワークも手掛けていて、最初はユニオンテックさんの同業のKOKUYOからのご依頼だったかと。声をかけてもらって、「全部できますよ」ということで、いろんなアーティストを探してきて、起用する、というディレクションをしました。
赤枝 アーティストの方はどのように探しているんですか?
WA!moto. いろんなアーティストの知り合いがいるので、それぞれの個性をちゃんと知っておいて、「こういうのだったらあの人が得意そうだな」、「あの子の作品は立体にしたら絶対面白いから立体にさせてみようかな」とか、逆に「あの人は最近特定のシリーズしかやっていないから、これにぶつけたら面白くなりそう」とか(笑)。僕のアトリエでいろんなものを作れるので、そこに呼んで一緒に作ってみて。そういう実験をいつもいっぱいやっています。
アート作品の提供について
赤枝 今回、弊社には多くの作品をご提供いただいたんですが、以前別のインタビューで、こちらの部屋(「45°」)と、エントランスにある大きなウサギの彫刻(「SSRC #003」)のご紹介をいただいたので、今回はぜひほかの作品もお願いします。
ART Photo by Alfie Goodrich
WA!moto. これは壁面アート「FNDRAW.」です。面積が広く、ただの壁だと圧迫感があるので、ちょっとアイキャッチになるようなものがいいと思いました。あと、前にもいろんな構造があるので沈んでしまわないように、作品自体が光っていたほうが面白いんじゃないかと考えて、光の線で描いたような、ドローイングラインを取り入れようと。ラインはLEDを布で包むことでネオン管のような効果が出るもので、今回新しく開発したというか、アトリエで実験していたらできたものです。30mの長い1本の布で、一つも継ぎ目がないように作りました。
赤枝 ここは主にミーティングをするスペースで、たまにイベントでも使うことがありますが、やっぱり目に入ってきますね。インパクトが大きいし、空間的にもいいポイントになっていると思います。いろんな案がありましたよね。
WA!moto. そうでした。虫をほかのアーティストに描いてもらって、光に虫が群がってくるみたいな感じで、ここに人が集まってきて打ち合わせしてアイデアを生み出して戻っていく、みたいな感じを表現するのはどうか、っていうのも出たんですけど…。
赤枝 虫が苦手な社員がいるのでダメです、と(笑)。あと、俺たちは虫じゃない! っていう人がいたら困るとか。
WA!moto. こちらは予想していなくて、話している中で「それはそうだな」と気づかされることもあります。虫や鳥はわりと好き嫌いが分かれるモチーフかもしれません。アートは結構そういうことが多いですし、特にパブリックアートはいろんな人が見るわけですから。
WA!moto. 六本木のミッドタウンに3mぐらいのカラスの彫刻を展示した時は、鳥が嫌いだから通勤ルートを変えたという人もいて、申し訳なかったなと思いました。それは瞬きもするようなリアルなカラスだったんですが、それがきっかけで、その頃からちょっとずつ抽象化していったと思います。なんとなく何か分かる、くらいの形に留めて、表情も見る人がその気持ちで変わるようにしたい、と。
赤枝 動物だと、エントランスのウサギのほかに、インコ(「BTB.」)、サル(「GBNS.」)がいますね。
WA!moto. このサルは、実は3匹連結できるようになっていて、長くなるんですよ(笑)。あと、ただぶら下がっているだけだとちょっと寂しそうというか物憂げなんですけど、揺らすとめちゃくちゃ楽しそうになるんです。それはこの彫刻の効果というよりは、人間の機能としてあるんです。「こうだろう」と思いたい、というような。その思考を誘発させる効果というか。
赤枝 話し合いの中ではモーターで回す案も出ましたよね(笑)。
WA!moto. 面白かったですね。それはやっぱりユニオンテックさんがちょっと変わった空間が特徴のオフィスだからこそ、提案できるアイデアですよね。
クリエイティビティ(創造性)を刺激するオフィス
赤枝 クリエイティビティを養うオフィス作り、というテーマでお聞きしたいのですが、 もしWA!moto.さんがオフィスを作るとしたらこんな風にしたい、という思いやアイデアはありますか?
WA!moto. 工作室を作りたいです。例えば、加工機があって、汚してもよくて、水道があって…とか、なんでもできる多目的室のような場所。以前、イギリスに「孤独担当大臣」がいるという記事を読んだんです。リタイアした人の孤独問題に重点を置いていて、女性はおしゃべりとか社交が得意だけど、男性は孤独になりがちだから、メンズシェッド(男性の小屋)というクラブハウスみたいなものをいろんなところに作って、ワイワイしながら趣味を楽しんでいるって。それがすごくいいなと思って。そういうのって大事じゃないですか。女性はどうかわからないですが、男性は秘密基地とか、そういうところに集まって何かをするのが昔から好きだから(笑)。
※1990年代半ばにオーストラリアで開始された「Men’s Sheds」(男性達の小屋)。退職された方が集まりものづくりをしたり、地域社会の支援をする小さなコミュニティー
※1990年代半ばにオーストラリアで開始された「Men’s Sheds」(男性達の小屋)。退職された方が集まりものづくりをしたり、地域社会の支援をする小さなコミュニティー
赤枝 「DASH村」じゃないですけど、確かに大人になってもそういうのはありますよね。
WA!moto. そうそう! そういうところがオフィスにも1つあると、面白いんじゃないかなと思って。さきほどのバーカウンターもすごくいいなと思いますが、ちょっと仕事を忘れて息抜きができて、じゃあまた仕事やるか!というような切り替えができるといいなぁ、と。
せっかくいろんな人が出社して、リアルな空間にいるなら、趣味や話題を共有できるような仕掛けは大事だと思うし、楽しそうだなと思える場所や空間があると、意外と心のホットスポットにもなる。それが“会社に行く”という醍醐味でもあるかなと思うんですよね。
せっかくいろんな人が出社して、リアルな空間にいるなら、趣味や話題を共有できるような仕掛けは大事だと思うし、楽しそうだなと思える場所や空間があると、意外と心のホットスポットにもなる。それが“会社に行く”という醍醐味でもあるかなと思うんですよね。
赤枝 わかります。最近、オフィスにカフェスペースとかフリースペースとか、それこそ多目的スペースを作るんですけど、なんとなく働く場所と融合してしまって、本当の意味での休憩に集中させる気はないんだな、と。だから、例えば本気で遊ぶとか寝るということに特化しようと思ったら、やっぱり区画しないといけなくて、クローズだけどオフィス内にいる、という。そこまで振り切るところってあまりないんですね。
WA!moto. そうなんですね。飾りだと機能しないですよね。僕はタバコを吸わないですけど、喫煙室は目的を持って集まるし、意外とポジションを超えた交流ができるから、ああいうところっていいなっていつも思っていて。それの工作版です(笑)。
赤枝 周りの人が働いているのに自分だけ遊ぶっていうのはやりにくいから、やっぱり、その部屋に行くと絶対に遊ぶんだ、というところを作るのがいいんですよね。だから最近、サウナやジム、瞑想部屋を作っている企業もありますもんね。要は、働くことからしっかり引き離すという。
WA!moto. リフレッシュする機能も大事だと思うんです。働いていて辛くなってきた時に、自分でうまくバランスが取れるといいじゃないですか。仕事もやるし、遊ぶときは遊ぶ、みたいな、その上手なバランスの取り方を会社の文化として共有していくことができるといいなと思いますよね
赤枝 そういう観点でもアートやデザインは効果的ですよね。人の感情をさらに高める効果があると思うので、そういったところにも投資をしながらちゃんと作っていけるといいかなと思います。
―――今後、オフィス移転や内装を考えている方に、アドバイスや提案はありますか。
WA!moto. 働く人が選択できたり、好き嫌いを言えたりするのも大事だと思っています。日本人はなかなか苦手なことだと思うんですけど、そういうことができる仕組みを持ったオフィスというか、アートの取り組み方というか…。例えば、壁画を大々的に描いてしまうとそれで終わっちゃうけれど、掛け替えできるようにするとか。批判的な思考ってすごく大事なので、どこが嫌いなのか意見を言い合う機会を設けるとか。あと、“発見”みたいなことですかね。「あの絵の横になんか書いてるの、知ってる?」とか「この作家さん、今渋谷で個展やってるみたいだよ」とか、アートを介していろんな交流が生まれるかもしれない。アートを入れて終わりじゃなくて、活用していくと絶対に効果はあると思います。
赤枝 何かが生まれるきっかけになればいいんですよね。
WA!moto. そうです。やっぱり事業を成功させることが一番重要ですが、その定義が真面目にやることだけじゃないと思いますし、そういう時にアートはたぶん手伝ってくれる存在になり得るので、活用していくのが大事かなと思いますね。
赤枝 僕の経験になるんですけど、僕はサウナが好きで、群馬県の白井屋ホテルのサウナに行った時、普通はイスで整うんですけど、そこは小屋があって、1人で入るんですけど、中が全部、宮島達男さんの数字のアートになっているんです。
WA!moto. えぇ~。すごい!
赤枝 最初は、屋外のほうが気持ちいいんじゃないかと思っていたけど、小屋に入って寝転ぶと、悪くないんですよ。なんか新感覚というか。サウナ行ったけど、アートが乗っかってきた、というか、それがよかったんですよね。ただ鑑賞するのではなく、自分の行動に合わせてアートが乗っかってくる、という活用の仕方にはすごく興味がありますね。
WA!moto. 和室作るのもいいかもしれないですよね。クリエイティブなオフィスに畳の和室があって、古風な書道とかおばあちゃんが作ったぼんぼりとか手芸が飾ってあって、こたつに入ってみんなでみかんを食べながら話す、みたいな。会議でもいいし、休憩のスペースとしてもいいですよね。
赤枝 ありかもしれないですね。年中こたつ部屋。つねにみかんは補充してあるっていう(笑)。室温も寒くしてしておくとか。
WA!moto. それ面白いですね。窓の外にはちょっと雪が降っているようなアートとか(笑)。それがめちゃくちゃ最先端のIT企業にあったらすごいなぁ。
赤枝 いいですね。奇想天外なアイデアって自分たちからはなかなか出ないものなので、アーティストさんと一緒に話しながら、自由な発想でアイデアを出していくと面白そうです。
Photo=Ayumi Kuramochi Interview=Sakiko Shinohe